友人の映像ディレクター・小林一君からのご指名を頂きまして、1日1本、7日間に渡って映画を挙けるFBの「映画チャレンジ」に参加させて頂きます。「映画チャレンジ」とは映画文化の普及に貢献するためのチャレンジで、#savethecinema に関連するものです。5本目はロマン・ポランスキー監督の『
ローズマリーの赤ちゃん』です。

この映画がレンタルショップでホラー映画に分類されているのを見て、ファミリー映画か、それが無理ならラヴサスペンス、せめてサイコサスペンスのコーナーに置いてほしいと思ったものだ。尤も「ヒッチコックを越えたホラー映画の金字塔」という公開当時のポスターの謳い文句まであり、(自作にワンシーン出演する共通点のある)ヒッチコックもそう呼ばれるなら致し方ないが、ポランスキー作品なら紛うことなき魔女たちが登場する『
マクベス』の方がよほどホラーの名に相応しい。黒澤明監督『
蜘蛛巣城』を観たポランスキーが、東洋人がシェイクスピアをここまで見事に映画化するなら、西洋人として負けないものを作ろうという気概で、凄絶な魔女の造形もなされた。
『ローズマリーの赤ちゃん』でも、ミア・ファロー演じる可憐なヒロインが見る悪夢のシーンは、そうそう、夢の展開ってこういう感じ!と、かの魔女たち同様の説得力をもって迫り、問題(仕組まれた誤解の元)のラストシーンも含めホラーの資格は確かに持ち合わせている。飽くまで資格は、である。
その悪夢に犯される前、ポランスキーと同名の初老の紳士ローマン・カスタベットが、この役でアカデミー助演女優賞受賞のルース・ゴードン演じる非常に個性的(老いた小悪魔的)な妻ミニーと暮らすニューヨークのアパートの部屋に、隣に越してきた初々しい若夫婦を招いてこう語りかける。"You name the place, I've been there." どこか地名を言ってご覧、きっと私はそこに行っているよ、という、私も大学で指導中の学生に言ってみたいような台詞だが、もしも彼が悪魔の手先だとしたら、この戯言さえ俄に恐ろしい意味を孕んでくる。そう、見方によって同じ事象が麗しくも恐ろしくもなる。魔女の二枚舌によりバーナムの森も動いてしまう。それこそがこの映画のテーマであり、ポランスキーが仕掛けた罠だろう。『
水の中のナイフ』でもタッグを組んだ、元医師という経歴を持つクシシュトフ・コメダによるこの上なくチャーミングなテーマ曲も、ホラーの音楽として聴くなら静かな戦慄が染み渡る。
悪夢の後妊婦となったロー(ローズマリーの愛称)は、友人の作家ハッチが「名前はアナグラム」と言い残して逝ったために、ローマン・カスタベットの綴りを様々に入れ換えては字余りの詩句に「可愛そうなハッチ、病気だったのね」と嘆息もする(そこで断念していればハッピーエンドになれた)。ジョナサン・デミ監督『
羊たちの沈黙』では、FBIの訓練生クラリスが檻の中の怪人ハンニバル・レクター元医師に「(あなたが教えた真犯人の)名前はアナグラムね」とやはり的外れの妙な入れ替えを試みていた。だがローの方は、鮮烈な音楽と共に遂に不幸にしてアルファベットのパズルが填まってしまい、クラリスが皮剥ぎ犯と対峙した時同様に顔を強張らせる。そしてその気になってしまった俄素人捜査官ローは自らを追い詰め、心身を蝕む食人鬼カンニバルを産む。
パリで、舞台化されたカフカ作『変身』の主演に抜擢されアクロバティックに虫を体現していたポランスキーが、楽屋で日本のテレビ・インタビューに答え、ナチスに妊娠していた母親を故国ポーランドのアウシュビッツで抹殺され、ハリウッドに渡って撮った『ローズマリーの赤ちゃん』公開の翌年、身重の妻シャロン・テートをカルト教団の信者たちに惨殺されるというこれまでの人生を振り返ってどう思いますか?という質問に対し、壁の鏡にドーランでユダヤ人の特徴である鷲鼻を強調した横顔の戯画自画像を描くと、「笑っちゃうね」と微笑んだ。現実は時に、笑えない、そして笑うしかないホラーになる。
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映画『
水の馬、
火の兎、
風の獅子』(
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上記猫映画も紹介の本「
人と猫の愛ある暮らし―キャッツ&ラ・ドルチェ・ヴィータ」
『
月のイルカ』(
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秋の浮き輪』(
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